丹後ゴージャスとその職人【山添憲一氏】

山藤は、天保4年(1833年)創業時より長年にわたって丹後ちりめん産業を先導し、また支え続けています。

ジャズメンでヨットマンでもある山藤6代目・山添憲一氏は、その飄逸なスタンスで丹後ちりめんの伝統を守り、次世代につなげていく大切な役目を担っています。

機械に頼ることなく人の手にすべてを委ねることこそが伝統を守り良いものを作るという精神で作り上げられるちりめんは、一般的なちりめん白生地に比べ経糸の密度が高く、緯糸の撚りが強いものとなります。

今では丹後の地でもその姿をめったに目にすることがなくなった木製の八丁撚糸機。
これを使用すると、糸の本数も撚糸もより多くかけるため手間がかかりますが、独特のシボの風合いをしっかり保ちコシを生むために欠かすことのできないものとして、山藤ではまだまだ現役です。

八丁撚糸機で織り上げられた生地は、古くから日本の「風呂敷」として人々の日常に根付いてきました。
時代は巡り、今まさにモノと一緒に「心」を包む布として風呂敷の存在が見直されており、一切金具を使用しない一枚のシンプルな布が多様な形に変化するさまは、世界中で認知されています。


山藤